「わもん」母との話から思う 話を聴くことの大切さ

わもん 薮内秀樹

わもん

というものがあるよ。と自然食の料理人でお宿を岡山でされている

船越康弘さんからお聞きしたことがありました。

たまたま、お友達がわもんの本を購入していたので読ませていただきました。

文章も、とってもやさしい言葉で、書いてあります。
これなら、高校生でも文章嫌いな方でも読みやすそう。

わもん は、 話す 聞くを足してできた言葉だそうです。
話聞と書いていたけれども、イマイチピンとこない。

平仮名にしてみたら、しっくりきたらしい。

わもんとは、なんぞや?
ということが、書いてある本なのですが、人の話を聞く上で役に立つ!

今、自分の母が高齢にさしかかってきて、その話を聞くことが
うまくできていない。

つい、

「そうじゃない。こうしてほしい。」

とか、思ったことを母の話の前にかぶせてしまったり、
言いたいことを言ってくる母にいら立ちを覚えちゃう。

母も、それに反応して怒りだしたり。(・・;)

私が、人間として、未熟なんでしょうけど、罪悪感を感じちゃってました。

わもんの本を見てみたら、
話を聞く上で意識するポイントが書いてあり、なるほどなぁ。
と思わされることがありました。

わもんのポイント

絶対尊敬

ぜったいそんけい

聞き手が話し手を尊び、敬う気持ち。
聞き手は話し手が発するあらゆる感情、言葉をありのままに受け取める。

話を聞くことは、人間どこでも起こることで、コミュニケーションです。
私自身も、よく話を聞くことが多いので、円滑に相手が気持よく聞いてくれることに意識がいっていました。

気持ちよく聞いてもらうために何ができるのだろう?

そのためにも、この絶対尊敬は大事。

相手のことを尊敬し、相手のことを受け止める。
聞き手としてできることは、絶対尊敬を贈り、全力で話を聞き、気づきをお手伝いすることなのです。

はなしての判断基準である、ものさしを理解しそれを自分の中に取り込む。
そういう、ものさしがあるから、こう判断するんだな。ということが分かってきます。

話し手と会う前から絶対尊敬を贈るということも述べられていました。
会う前から??
ちょっと不思議な感じもしますが、先入観をもたない。フラットな状態で相手に会うということが話を聞く上でもスムーズにいくということなのかな。

聞き手は、話し手が自分の心の中から答えを探し出せると信じ話し手にエネルギーを贈る。
イメージでいいそうです。
それだけ絶対尊敬を贈り続けると話し手は、大きな安心感に包まれて内観をやりやすくなるとのことらしい。

完全沈黙

かんぜんちんもく

聞き手は自分の心に浮かぶこと、感情を鎮め穏やかな心を保った状態。
思い込み、先入観、否定を一切起らず、ありのままに話を受け止められる。
聞き手の意識は「今ここ自分目の前の相手」に集中する。

自分の心を整える重要さについても触れられていました。
心を整える方法は、自分にあったものでいいらしい。

早寝早起き、お風呂につかる、好きな音楽を聴くなどなど、なんでもいい。
自分が落ち着くことをやってみる。

歩くとかでもいいのかもしれないなぁ。

他にも、話し手の声にだせない心の声を聞くイメージを持つ。
心臓の音を聞くようなイメージで集中して相手の話を聞くこと。

こういう表現を聴いていると、修行のよう。
なぜこんな表現かというと、創始者の薮内さんがチベットの修行僧たちを見ている時に
決めた名前らしい。

だから、きっとこんな修行のような感じのおきてができてきたのだろうな。

聞き手未熟

ききてみじゅく

会話がうまくいかない、相手が話をしてくれない。その原因は聞き手である自分が未熟だから。心の矢印を自分に向け、聞けない原因は自分自身にあることを意識する。

自分自身に、矢印を向け続ける。
これは、ホントに大変。私の場合、家族だと特に相手のせいにしてしまうことが多い。

すぐにはできないだろうけれど、冷静な自分がもう一人いて、
そこを意識し続けるって感じだろうか。

わもんの本に掲載されていた、こういった考え方は、
クライアントとのヒアリングでも使って行きたい。

デザイナーだけど、デザインだけする。
だけでは、今の便利な世の中、パソコンのアプリが簡単にやってくれたりするし、
デザイナーも10年前と比べても増えた。

増え続けているだろう。
これからの時代は、いつ機械にとって代わられるかわからない。
機械ができない、人の血肉の通った交流は、より求められていくようになる気がする。

その時に、ちゃんとコミュニケーションが取れる人間でいられるように。
自分を高めていくことは必要だな。

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